福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
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    致命率20%以上:
    アフリカの侵襲性非チフス性サルモネラの急増
保健科学部 病理細菌課 専門研究員 村上 光一

 20世紀の最も偉大な生物学者 W. D. ハミルトンは、「有性生殖の存在意義は伝染病などに対抗するために、 遺伝子を毎世代組み換えることだ」とする説(Red Queen 仮説)を強力に支持し、進化生物学的方法でさらに 発展させました(ウィキペディア)。性は、細菌などの病原体に対抗するための手段として存在するという 考えです。このように、私たち高等生物にとって、病原体は思いのほか大きな存在です。

 そのような病原体の一つサルモネラは、1000万年以上前に登場しました(諸説有り)。表1をご覧下さい。 ヒトに移る(感染する)サルモネラには、①HR タイプのサルモネラの2つの型、②HA タイプの サルモネラの2、3の型、そして、③いろいろな生物に感染するタイプ、ここでは便宜上「誰にでもタイプ」 と名付けます。この「誰にでもタイプ」の2,000以上の型があります。このうち、①HR タイプのうちヒトに だけ感染するものは、病原性が強く死を招くことがあります(腸チフス原因菌など。世界で年間約21万人が死亡 (Crumpら, 2004))。それに対して②HA タイプと③「誰にでもタイプ」は併せて、 「非チフス性サルモネラ」と呼ばれ、比較的弱い病原性を示します。特に③の「誰にでもタイプ」 サルモネラは、一般には下痢を起こすなどの比較的弱い病原性のみを示し、ヒトの髄液あるいは血流に入ること (侵襲性があること)や、感染者が死亡することは希です。

表1 サルモネラのタイプ
HR型タイプ HAタイプ 誰にでもタイプ*
内容 1種類の動物のみに感染する型 2種類程度の限られた動物にのみ感染する ほ乳類、は虫類、両生類、魚類、昆虫に感染する
型の種類 腸チフスの原因サルモネラなど、限られた型 サルモネラ・ダブリンなど、限られた型 ネズミチフス菌など2000以上の型
別名 チフス性サルモネラ 非チフス性サルモネラ 非チフス性サルモネラ
*この呼称「誰にでもタイプ」は今回便宜上名付けたものです。本来「ユビキタス・宿主域をとる サルモネラ」、あるいは「ブロードな宿主をとるサルモネラ」、「ジェネラリストなサルモネラ」 などの呼称があります。

図1「誰にでもタイプ」とHA タイプをあわせた「非チフス性サルモネラ」による血流感染 (血液から菌が検出されること)の人口10万人あたりの患者数(年間)

※図のレジェンド:サブサハラ・アフリカでの「非チフス性サルモネラ」による血流感染の 患者数(人口10万人あたり、年間)、および血流感染原因の「誰にでもタイプ」サルモネラ の一つネズミチフス菌の2つの系統の広がりかた (Gordon, 2011; Morpethら, 2009; Okoroら, 2012; Sigauqueら, 2009 より作成)。

 ところが 近年、サハラ砂漠以南のアフリカ(サブサハラ・アフリカ)で、弱いはずの「誰にでもタイプ」 の中のいくつかの型が侵襲性を示し、非常に猛威をふるっています。図1に「誰にでもタイプ」と HAタイプをあわせた「非チフス性サルモネラ」による血流感染(血液から菌が検出されること)の人口10万人 あたりの患者数(年間)を示します。サブサハラ・アフリカの小児では、人口10万人当たり、約80名から 388名です (Gordon, 2011; Morpethら, 2009)。同様に、エイズウイルスに感染している成人のうち 抗エイズ薬を飲んでいない患者では、10万人当たり、1,800名から9,000名(年間)です (Gordon, 2011)。 症状は、発熱、咳、下痢、貧血、肺炎等様々です (Mandomandoら, 2009)。雨期の方が乾期より患者発生が多い ことが分かっています (Mandomandoら, 2009)。これらの血流感染者のうち亡くなる率(致命率)は、小児で 4.4% から 27% です。成人では 22% から 47% と報告されています (Morpethら, 2009)。 日本では考えられない数字です。ちなみに先進国での「非チフス性サルモネラ」による血流感染の患者は 人口10万当たり 1.02 名(年間)とされています(男性高齢者に多いそうです) (Gordon, 2011)。

 このサブサハラ・アフリカの惨状の背景には、小児のマラリア、エイズウイルス感染や低栄養、 大人のエイズウイルス感染等があると考えられています (Feaseyら, 2012; Sigauqueら, 2009)。 これらの病気に罹ったり、状態に陥ったりしたヒトが、「誰にでもタイプ」のサルモネラに感染すると 血流感染を引き起こし、やがて亡くなる場合が多いと考えられています。

 この数年、このサブサハラ・アフリカの血流感染を引き起こしている「非チフス性サルモネラ」 の分析が進みました。そしてその原因菌は「誰にでもタイプ」のネズミチフス菌や、同じく 「誰にでもタイプ」のサルモネラ・エンテリティディスが大部分を占めることが明らかとなりました (Sigauqueら, 2009)。このうち、サブサハラ・アフリカの血流感染原因のネズミチフス菌は、 たった2つの系統が中心となって猛威をふるっていることが分かりました (Okoroら, 2012)。 図1にこの二つの系統の広がり方を示します。いずれも南東アフリカから発生し(これらの2系統は他の 系統から約54年前および約37年前に独立)、サブサハラ・アフリカに広がったことが分かっています (Okoroら, 2012)。この侵襲性ネズミチフス菌を媒介する動物は見つかっておらず、ヒトからヒトに 直接感染する可能性が指摘されています (Parsonsら, 2013)。またParsonら (2013) は、 この菌を鶏に接種し、やはり侵襲性があることを確認し、この侵襲性ネズミチフス菌がヒトだけではなく 他の生物に高い病原性を示す可能性を示しました。Okoroら(2012)は、この菌がエイズウイルスの 世界的流行と時間的に密接に関連していると指摘しています。

 W. D. ハミルトンは、エイズウイルスの起源を確かめるためにサブサハラ・アフリカのコンゴで 実地調査を行っていた2000年、マラリアに罹り死去しました。彼が生きていたら、今の 「侵襲性ネズミチフス菌」の猛威とエイズウイルスの関係を進化生物学的に解析していたかもしれません。

 いずれにせよ、人口の約半分が貧困の境界線である「1日約1.25ドル」以下の生活を送っている サブサハラ・アフリカ地域(外務省 2011) では、世界保健機関を中心とした、 早急な支援が必要かもしれません。

文献


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