福岡県では、県内6ヶ所の保健福祉環境事務所において地域環境協議会を設置し、地域の生物多様性保全活動の推進や普及啓発事業に取り組んでいます。保健環境研究所環境生物課ではそれらの取り組みについて科学的な側面から支援を行っています。2011年2月には生物多様性保全活動の一環として、福津市において休耕田を活用したビオトープ(写真1)が造成され、以後継続した調査を行ってきました。そこで、今回はこのビオトープとそこに生息する生き物について紹介したいと思います。 

 まずビオトープという言葉ですが、これはドイツ語のBiotopからきており、日本語に訳すと「生き物の生息する空間」という意味です。必ずしも池である必要はなく、人が造成したものだけを表す言葉ではありません。しかし、近年ではビオトープという言葉は、生き物が棲みやすいように人間が造成した池、という意味で捉える人が多いようです。

 今回紹介するビオトープは休耕田にユンボで穴を掘り、そこに水が溜まっただけという単純な構造です。造成後に生き物の放流・移植は一切行いませんでした。調査の主な目的は、造成後の生物相の変遷や各種が利用する環境を明らかにすることです。そして毎月一回の調査の結果、造成後わずかな期間でも、多種多様な生物が生息するようになることがわかりました。
 
 調査を開始してまず確認できたのは、カスミサンショウウオ(写真2)やニホンアカガエルなどの両生類です。これらの両生類は早春に浅い水域で産卵する習性があるのですが、造成後一ヶ月ほどで、多数の個体が産卵にやってきました。特にカスミサンショウウオは福岡県内で生息数が減少しており、福岡県レッドデータブックでも絶滅危惧II類に選定されています。

 5月になって今度は様々な水草が芽を出して生長していることがわかりました。主な水草はミズオオバコ(写真3)やキクモで、ビオトープ造成により土中で休眠していた種子が掘り返されて、一斉に芽を出したのだと考えられました。
また、5月下旬からドジョウ(写真4)が目立つようになってきました。一般に馴染み深いドジョウですが、この種も福岡県内では個体数が減少しており、福岡県レッドデータブックでは絶滅危惧II類に選定されています。このビオトープでは5月以降に繁殖が行われたようで、多数の稚魚を確認することができました。

 
6月、7月は特に水生昆虫の種類数・個体数が目に見えて増加しました。水生昆虫の代表的なものはトンボ類、コウチュウ類、カメムシ類です。トンボ類ではフタスジサナエやベニイトトンボ、コウチュウ類ではコマルケシゲンゴロウ、カメムシ類ではオオミズムシ(写真5)など、全国的に生息地が減少傾向にある種類も確認することができました。

 その一方で、8月以降は外来生物が急激に増えてきました。外来生物とは元々福岡県内にいなかった生物のことですが、特にアメリカザリガニ、ウシガエル(食用ガエル)、スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の3種類は調査のたびに採集される個体数が増加するという状況でした。

 ビオトープの調査は造成後3年間行い、最終的に絶滅危惧種を含む93種類の水生動物を確認することができました。このようなビオトープによる生態系の創出が、生物多様性保全に貢献することがわかりました。また、特に浅場から深場にかけての移行帯(エコトーン)が生物多様性を高める上で重要であること、外来種のアメリカザリガニやスクミリンゴガイが水生植物を食害している可能性が高いこと、などもわかりました。


 この研究内容は論文として以下のようにまとめています。オープンアクセスとなっているので、ぜひご覧ください。

中島 淳・宮脇 崇(2021)休耕田を掘削して造成した湿地ビオトープにおける水生生物相.応用生態工学,24:79-94.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ece/24/1/24_20-00038/_article/-char/ja


 
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(2023年3月31日更新)

写真5 オオミズムシ
写真1 福岡県福津市に造成したビオトープ
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写真2 カスミサンショウウオ
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ビオトープによる生態系の創出
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