【参考文献】
[1]生物多様性条約本文
   https://www.biodic.go.jp/biolaw/jo_hon.html
[2]生物多様性基本法全文(日本語・英語併記)
   https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/kihonhou/files/biodiversity.pdf
[3]環境省(2010)平成22年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書
[4]Mora et al. (2011) How many species are there on Earth and in the ocean ?PLOS Biology
   DOI:10.1371/journal.pbio.1001127
[5]日本分類学会連合(2003) 第1回日本産生物種数調査
   http://ujssb.org/biospnum/search.php
[6]福岡県の自然
   https://www.fihes.pref.fukuoka.jp/~kankyouseibutsu/NatureFukuoka.pr/naturefukuokapr.html
[7]Millennium Ecosystem Assessment(編)(2007)国連ミレニアム エコシステム評価 生態系サービスと
   人類の将来.オーム社
[8]みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性 生物多様性に迫る危機
   https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/biodiv_crisis.html
[9]環境省(2023)生物多様性国家戦略2023-2030 〜ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ〜
[10]松井哲哉, 田中信行, 八木橋勉, 小南裕志, 津山幾太郎, 高橋潔 (2009) 温暖化にともなうブナ林の適域の変化予測と
   影響評価.地球環境, 14(2):165-174
[11]外務省. 生物多様性条約
   https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html
[12]生物多様性条約事務局 (2020) (2021:日本語版) 地球規模生物多様性概況第5版 Global Biodiversity Outlook 5.
   環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性戦略推進室
   http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/gbo5-jp-lr.pdf
[13]環境省(2023)昆明・モントリオール生物多様性枠組(仮訳)
   https://www.env.go.jp/content/000107439.pdf
[14]福岡県(2022)福岡県生物多様性戦略2022-2026
   https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/fukuokaprefefurebiodiversity2022-2026.html


【参考リンク】
・福岡県生物多様性情報総合プラットフォーム 福岡生きものステーション
  https://biodiversity.pref.fukuoka.lg.jp/
・みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性
   http://www.biodic.go.jp/biodiversity/index.html

 参考文献および参考リンク
 私たち人間は、生物多様性から多くの恵みを受けて生活しています。例えば、私たちが口にする食べ物や薬の多くは、野生生物が由来となっています。また、新製品や新技術の開発には、生物が持つ成分や体の構造がヒントになることがあります。また、生物が作り出す水、土、空気などは、人間のみならず全ての生物の存続基盤として必要不可欠ですし、多様な生物により構成される生態系は、水源かん養、病害虫の発生抑制、水質浄化、大気環境の調整といった私たちの暮らしの安全・安心に役立っています。さらに、地域固有の生物多様性が、地域特有の祭りや芸能、工芸、食文化などの伝統的な文化を生み出す原動力となっています。
 
このような生物多様性の恵みを、人間社会にもたらす利益・価値の観点から具体的に整理した概念が「生態系サービス」です(図3)。生物の恵みを生態系サービスとして捉えることは、社会経済活動のなかで生物多様性の保全や持続可能な利用を実現していくうえで欠かせない考え方です。


図3 国連ミレニアム生態系評価(2005)[7]による生態系サービスの区分
 生物多様性の恵み
(2023年3月31日更新)
 生物多様性基本法の制定を受け、福岡県では2013年3月に「福岡県生物多様性戦略(以下、県戦略)」を策定し、2018年に県戦略第2期行動計画、2022年に県戦略2022-2026[14]を策定しました(図6)。県内の市町村では、北九州市、福岡市、久留米市、福津市、古賀市、糸島市、うきは市(策定順)が地域戦略を策定しています。
 
 県戦略2022-2026[14]では、2050年に目指す社会として「生きものを支え、生きものに支えられる幸せを共感できる社会」の構築を掲げています(図6)。このような社会の実現を目指し、4つの行動指針と2026年度までに取り組む12の目標を設定しました。また、これらの行動指針と目標のもとで取り組む行動計画として、15の重点プロジェクトを含む148の施策を体系的に整理しました。
 本戦略では、生物多様性に関する国内外の動向や戦略策定の背景、県内の生物多様性の現状と課題について整理し、前半部分に掲載しました。これらの内容は、県内の生物多様性をとりまく諸問題を理解するのにわかりやすい資料となっています。また、第5章の行動計画では、12の目標ごとに県民や事業者が実践できそうな取組や活動を紹介しており、行政のみならず県全体で生物多様性保全の取組を推進できるよう、工夫されています。


図6 福岡県生物多様性戦略2022-2026の表紙(左)と2050年に目指す社会のイメージ(右)


 本戦略において、当所は「本県の生物多様性に関する調査研究、情報収集等の中核としての役割を担う」「多様な主体の取組について、専門的視点から技術指導を行う」と位置付けられています。当所では、生物多様性保全の推進に必要不可欠である科学的知見やデータの充実を図るため、戦略行動計画に基づき、県内各地における生物多様性の保全・再生に関する調査研究、生物の分布調査及び分布情報のデータベース構築などを進めています。また、公共工事生物多様性配慮指針事例集の作成協力、環境影響評価に係る審査支援、福岡県生物多様性総合情報プラットフォーム(福岡生きものステーション)の原稿執筆協力など、各種施策に対する支援などを行っています。さらに、普及啓発事業への講師派遣や研修の実施などを通して、得られた情報の発信も行っています。


 生物多様性保全をとりまく福岡県内の動向
 生物多様性条約には、それぞれの締約国において、生物の多様性の保全及び持続可能な利用を目的とする国家的な戦略若しくは計画を作成することが定められています。そこで日本では、生物多様性に関する包括的な計画として、1995年に「生物多様性国家戦略(以下、国家戦略)」が策定されました。この国家戦略には、日本や世界の生物多様性の概況が解説されるとともに、生物多様性の意義や、生物多様性保全の目標と具体的な行動計画などが記載されました。その後、4回の見直しが行われ、2002年に新・国家戦略、2007年に第三次国家戦略、2010年に国家戦略2010、2012年に国家戦略2012-2020が策定されています。
 2023年3月、これらに続く新たな戦略として、国家戦略2023-2030[9]が策定されました。この戦略は、新たな世界目標である昆明・モントリオール生物多様性枠組に対応するもので、2030 年の目標として「ネイチャーポジティブ(自然再興:自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること)の実現」を掲げるとともに、その達成に向けた5つの基本戦略が設定されています。また、各基本戦略ごとに状態目標(全15個)、行動目標(全25個)が設定され、行動目標ごとに関連する具体的施策が整理されています。行動目標には、陸域及び海域の30%以上を保全する(30by30目標)、生態系が有する機能の可視化や一層の活用を推進する、国民に積極的かつ自主的な行動変容を促す、生物多様性に有害なインセンティブの特定・見直しの検討などが盛り込まれています。
 このような国家戦略に基づく様々な施策を体系的に推進するため、生物多様性施策に関する基本法である生物多様性基本法が2008年に制定されています。この法律では、国家戦略の策定が国の責務として規定されるとともに、地方公共団体にも「生物多様性地域戦略(以下、地域戦略)」を策定する努力義務が課せられており、2021年3月には全ての都道府県で地域戦略が策定されました。
 また、近年では、生物多様性基本法のほかにも、生物多様性保全を推進するための法律がいくつか整備されるとともに、その他の様々な法律や指針等においても生物多様性保全への配慮が組み込まれるようになっています。例えば、2002年に自然再生推進法、2004年に外来生物法、2010年に生物多様性地域連携促進法が制定されました。2010年に改正された自然公園法では、法の目的に「生物の多様性の確保に寄与すること」が追加され、国や県の責務として「生物の多様性の確保を図ること」が加わりました。
 生物多様性保全をとりまく国内の動向
 生物多様性保全をとりまく世界の動向
 生物多様性が直面する危機
 生物多様性とは
 1992年5月に採択された生物多様性条約は、同年6月にリオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて署名が行われました。それ以前は、野生動物の国際商取引を規制するワシントン条約や、水鳥の重要な生息地の保全を目的としたラムサール条約などの国際条約がありましたが、生物多様性条約はこれらの条約を補完する形で作られた、生物多様性を包括的に保全するための条約です。2022年12月時点の締結国は、196の国と地域に及んでいます[11]
 この条約には、大きな目的が3つあります。1つ目は、文字どおり、生物の多様性の保全です。2つ目は、生物多様性の構成要素の持続可能な利用です。私たちが生物多様性から受けている恩恵を、現在だけでなく将来にわたって享受できるよう、生物多様性を守りながら利用していくことが大きな目的の一つとして掲げられています。3つ目の目的は、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分です。生物が持つ成分や体の構造などを参考に、私たち人間は薬や製品などを開発してきました。このような開発を行っているのは主に先進国の企業ですが、生物多様性が豊かで、かつ生態がよく知られていない生物が多いのは開発途上国です。そのため、開発による利益を得る先進国と、資源を持ち出されてしまう開発途上国との間で、利益の不平等が生じていたために、3つ目の目的が掲げられたのです。
 本条約が発効された後、現在では2年に一度、生物多様性条約締約国会議(COP)が開催されています。2010年には名古屋でCOP10が開催され、2050年に向けた長期目標や、2020年までに目指す短期目標と愛知目標(20の個別目標)を示した「戦略計画2011-2020」、遺伝資源へのアクセスと利益配分に関する「名古屋議定書」が採択され、生物多様性の保全と持続可能な利用を推進し、様々な社会経済活動に組み込むための大きな契機となりました。

 2020年に生物多様性条約事務局から発表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」(図5)[12]では、愛知目標の20の目標のうち、完全に達成できた項目は一つもないという厳しい結果が報告されており、現状のまま・今までどおりのシナリオのままでは、生物多様性とそれがもたらすサービスは低下し続け、持続可能な社会の実現は達成できないと予測されています。 これを受けて、2021〜2022年にかけて開催されたCOP15(図5)において、愛知目標に代わる新たな目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。この枠組みでは、2050年に向けた4つのゴールと2030年までに目指す23のターゲットが設定されており、陸域、海域それぞれの30%以上を保全対象とすること、自然を活用した解決策を通じて気候変動が生物多様性に与える影響を最小化しレジリエンスを強化すること、過剰消費や廃棄物の大幅削減を行うこと、生物多様性に有害な補助金やインセンティブを改善させることなどが盛り込まれています[13]


図5 GBO5の表紙(左)とCOP15モントリオールの会場写真(右)
COP15の会場写真は外務省ホームページhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page22_003988.htmlより転記

 現在の地球は、第6の大量絶滅時代ともいわれており、生物多様性の損失とそれに伴う生態系サービスの低下が問題視されています。日本も例外ではなく、日本の野生動物の約3割が絶滅の危機に瀕している状況です[8]。生物多様性国家戦略2023-2030[9]では、生物多様性が直面する危機を以下の4つに整理しています(図4)。

1つ目の危機は、開発など人間活動による危機です。沿岸域の埋立てや森林伐採などの開発は、様々な生物にとって生息・生育環境の破壊や悪化をもたらします。また、商業・観賞用の乱獲・盗掘は、動植物の個体数の減少をもたらし、絶滅に追い込むこともあります。 2つ目の危機は、自然に対する人間の働きかけの縮小による危機です。里地里山に広がる水田や森林などは、人間によって維持管理されることで様々な生物が生息・生育する場となっています。近年、日本では、過疎化や高齢化に伴って、林業や山間地での農業、狩猟が衰退している地域が増えてきました。このことにより、棚田に生息していた水生生物の減少や、シカやイノシシなどの有害獣の増加などが生じています。
 
3つ目の危機は、人間により持ち込まれたものによる危機です。外来生物や化学物質など、本来その地域に存在しないものが持ち込まれることで、生態系がかく乱されてしまいます。特に近年は、外来種が在来種や生態系に深刻な影響を及ぼす事例が多くみられます。県内では、海外からペットとして持ち込まれたアライグマが野生化しており、生息域が急速に拡大して在来種への影響が生じるとともに、農作物被害も生じています。
4つ目の危機は、地球温暖化など地球環境の変化による危機です。気温の上昇によって生物の分布域が変化したり、海水面の上昇で浅海域が減少することなどが予想されています。温暖化の進行に伴い、冷涼な気候に生育するブナの分布適域が九州からほぼ消滅すると予測されています[10]



        図4 生物多様性の4つの危機の事例

 生物多様性とは
 生物多様性の恵み

 生物多様性が直面する危機
 生物多様性保全をとりまく世界の動向

 生物多様性保全をとりまく国内の動向
 生物多様性保全をとりまく福岡県内の動向
 参考文献および参考リンク
  福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
092-921-9940
〒818-0135 福岡県太宰府市大字向佐野39
 
トップページ 研究所紹介 研究概要 年 報 啓発資材 リンク集 アクセス

copyright©2013 Fukuoka Institute Health and Environmental Sciences all rights reserved.
 生物多様性とは、自然の豊かさを包括的に表す概念で、生物多様性保全に関する国際的な取り決めである生物多様性条約では、「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」と定義されています[1]。日本の生物多様性施策に関する基本法である生物多様性基本法においても、条約とほぼ同義の「様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と定義されています[2]。これらの定義にあるとおり、生物多様性には「種間(種)・種内(遺伝子)・生態系」という3つのレベルの多様性があります。

 1つ目の種間(種)の多様性は、動物、植物、菌類、細菌など多様な種類の生物が生息・生育していることを指します。地球上には、既知のものだけで約175万種が知られており、未知のものを含めると3,000万種もの生物種が存在するともいわれています[3]。生物種の数については様々な推定方法があり、既知の種で約120万種、未知のものを含めると870万種の生物がいるという報告もあります[4]。日本では現在、約9万種の生物が確認されています[5]
 2つ目の種内(遺伝子)の多様性は、人間一人ひとりに個性があるように、他の生物も、同じ種内で異なる遺伝子を持つことにより個性が生じていることを指します。アサリの殻の模様が一つとして同じものがないといわれることや、ナミテントウの模様が様々であることなどが、遺伝子の多様性を示すものとしてよく知られています(図1)。また、同種であっても、地理的な分断により地域集団間で遺伝的な差異が生じていることもあります(図2)。このような個性が、進化の原動力となったり、環境の変化に適応できる可能性を高めているのです。

 3つ目の生態系の多様性は、森林、草地、河川、海など生態系の種類が豊かなことを指します。生物のなかには、森林にすむ生物、草地にすむ生物、海にすむ生物などがいて、生態系の種類が豊富であれば、種の多様性と遺伝子の多様性が豊かになります。福岡県の代表的な生態系については、本ホームページの福岡県の自然[6]で詳しく解説しているので参照してください。 また、生物多様性の概念には、様々な生物がつながりあっているという関係性の多様さや複雑さが含まれています。例えば、捕食−被食の関係、寄生・共生の関係、動物が植物の花粉や種子を運ぶ関係、微生物が落ち葉や死骸などを分解することで植物が育つ土台が作られるという関係などが挙げられます。より広域的な視点で見ると、生物が生態系間を移動することや、地域の地形、流域、気候などと生物が関連していることなど、スケールの異なる様々なつながりがあります。このような生物のつながりも、豊かな生物多様性を育むために必要不可欠な要素です。


図1 アサリ(左)とナミテントウ(右)の模様の多様性


図2 福岡県内におけるミナミメダカの遺伝子集団の違い


生物多様性
生物多様性の保全