福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
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(2023年3月31日更新)
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全国におけるシカ問題
 近年、全国的に、シカの個体数増加や分布拡大が加速しており、人との軋轢(あつれき)や生態系への被害が深刻化しています。環境省の発表資料によれば、2020年度時点でシカの生息が確認された2.5次メッシュ(約5km四方)は、全国で約1.1万メッシュとなり、前回調査が実施された2014年度から約1.1倍、1978年から約2.7倍に拡大していることが分かっています[1](図1)。
 シカと人との軋轢の例としては、スギやヒノキなどの植林木への食害、イネやマメ類などの農作物への食害などが挙げられ、最近20年ほどは農林業の被害額が増加傾向にあります。生態系への被害としては、希少植物を含む林床植生への食害、剥皮(樹皮を剥いで皮を食べたり樹液をなめたりする)による樹木の枯死、過度な被食による裸地化や土壌の乾燥化、それらの被害に伴う森林構造や動物相の変化などが報告されています。このようなシカの増加をもたらしている要因は、人による狩猟圧の減少、積雪量の減少による死亡率の低下、山間地域における農地・森林の放棄、捕食者であるオオカミの絶滅などが考えられています[2]


図1 全国におけるニホンジカの分布域
環境省ホームページ[1]より転記


福岡県におけるシカの生息状況

 県内の生息数は2020年度末時点で27,400頭と推定されており、特に英彦山・犬ヶ岳地域と犬鳴山、古処山周辺で生息数が多くなっています[3](図2)。これらの地域では、農林業被害のほか、森林の林床植生の劣化が顕在化しています。
 このような背景を受け、県内におけるシカの捕獲頭数は年々増加しています(図3)。特に、国の交付金(鳥獣被害防止禁止緊急捕獲等対策事業推進交付金)による管理捕獲への支援が強化された2013年度以降は、シカの狩猟頭数が著しく増加しており、2020年度だけでも11,297頭が捕獲されています。しかしながら、英彦山・犬ヶ岳地域をはじめとする高標高地域では、車道から遠く狩猟に多大なコストがかかることから、なかなか捕獲が進んでいません


図2 福岡県におけるニホンジカの推定生息密度分布
福岡県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画(第6期)[3]より転記




図3 福岡県におけるシカ捕獲頭数の推移
福岡県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画(第6期)[3]、福岡県内で、
狩猟や有害鳥獣捕獲により、捕獲された野生鳥獣の統計です[4]より作成


英彦山におけるシカの生息状況と対策

 英彦山は、県内で最大の面積をほこるブナ自然林とシオジ自然林を有しており、希少動植物を含む生物の多様性が豊かな場所として、耶馬日田英彦山国定公園に指定されています。しかし、1991年の台風19号による風害で、山頂や尾根付近に生育していたブナが倒れ、その後も年々ブナの枯死が続き、かつて見られた木深いブナ林の姿が消えつつあります。また、英彦山の周辺ではシカの生息密度が増加しており、ブナや希少種を含む多くの植物が食害を受けたり裸地化が生じるなど、生態系の悪化に拍車がかかっています。シカの適正頭数(生態系や林業に大きな被害が生じない密度レベル)はおよそ5頭/km2とされていますが、2015年度末の英彦山地域の生息密度は推定で24.8頭/km2に達し[5]、生息密度が非常に高い状態となっています。

 そこで2014年3月に、福岡県(自然環境課、保健環境研究所)とボランティアが協働し、ブナ自然林内に設置されていた約1haのシカ防護ネットを大規模に補修しました。2019年と2020年にも、新たに約1〜2haの大規模ネットを設置しています。2014年のネット大規模補修を皮切りに、2014年度から「英彦山絶滅危惧種保護対策事業」を開始し、2016年度からはエリアを犬ヶ岳まで拡大して「英彦山及び犬ヶ岳生態系回復事業」として事業を実施しています。この事業では、絶滅危惧植物を保護するための小規模な防護ネットを、計24か所設置してきました。ネット内では、ヒナノウスツボ、ミヤマナミキ、テバコモミジガサなどの絶滅危惧種が少しずつ回復の兆しを見せています。このような防護対策と同時に、2016年度からは「福岡県(耶馬日田英彦山国定公園英彦山・犬ヶ岳地区)指定管理鳥獣捕獲等事業」を開始し、当該地域におけるシカの積極的な捕獲を進めています。
 当研究所では、上記事業の一環として、絶滅危惧植物の分布及び食害状況の調査に協力するとともに、絶滅危惧植物の種子保存と、現地での撒きだしや植え戻しを見据えた発芽実験を行っています[6,7]。また、ネットの設置・補修に協力するとともに、大規模ネット内外でシカの生息状況と動植物相を比較することで、その有効性を検証しました。2014年に大規模補修したネット内外における植生調査の結果では、将来のブナ自然林を担うブナの実生(芽生え)の生存率が、ネット内の方が外よりも約1.7倍高いことがわかりました。そのほかにも、ネット内ではイヌシデやコハウチワカエデなどの主要樹種が順調に伸長しており、林床植物の被度も経年的に増加していることが確認されています。当研究所では、今後も英彦山・犬ヶ岳地域の生態系のモニタリングを継続し、その結果をこれらの事業の計画にフィードバックすることで、技術支援を行っていきます。



 写真 林床植物を採食するシカ(左)と英彦山ブナ自然林内に設置した防護ネット(右


参考資料
[1] 環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定及び生息分布調査の結果について(令和2年度)」
   https://www.env.go.jp/content/900517069.pdf
[2]高槻成紀 シカの生態誌 東京大学出版会
[3]福岡県「福岡県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画(第6期)」
   http://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/hogokanrikeikaku.html
[4]福岡県「福岡県内で、狩猟や有害鳥獣捕獲により、捕獲された野生鳥獣の統計です」
   http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/247299_52353169_misc.pdf
[5]福岡県 令和3年度指定管理鳥獣捕獲等事業実施計画基礎調査及び評価業務報告書
    https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/572305_60692737_misc.pdf
[6]金子洋平・須田隆一(2016)英彦山地絶滅危惧植物の種子発芽特性(1).福岡県保健環境研究所年報43:128-131

[7]金子洋平・須田隆一(2019)英彦山地絶滅危惧植物の種子発芽特性(2).福岡県保健環境研究所年報46:92-95
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英彦山・犬ヶ岳におけるシカ対策
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