福岡県保健環境研究所
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AI技術を活用した大気汚染予測システム(Fcast)について 環境科学部 大気課 研究員 山村由貴

※Fcast:Fukuoka Air Pollution Forecast System

はじめに
 
福岡県保健環境研究所大気課では、平成30年度から過去の大気汚染の原因究明を目的とした大気シミュレーションの研究を開始しました。令和3年度からはこの研究を発展させた将来予測に取り組み、令和4年2月には、光化学オキシダント及び微小粒子状物質(PM2.5)濃度を3日先まで予測する独自のシステムを構築しました。このシステムによる計算結果で高濃度が予測された場合には、県民の皆様へ県公式LINEで情報を発信し、健康被害低減に努めてきました。
 今回、このシステムにAI技術を活用し、予測精度を向上した新システム1)Fcastが完成しましたので、その内容をご紹介します。

 

AI技術を活用した大気シミュレーションについて
  図1にシミュレーション結果が得られるまでの流れを示します。
Step1
 米国環境予測センターから、福岡県を含む広域の気象データをダウンロードし、気象予測データを作成します。
Step2
 その気象予測データと大気汚染物質の排出量データを大気シミュレーションに入力すると、大気汚染物質の濃度予測が表示されます。
Step3
 この予測値にAIによる補正を加え、シミュレーション結果を出力します。

図1 シミュレーション結果が得られるまでの流れ

 これらの詳細について以下に説明します。

Step 気象予測データの作成

 気象予測データは、米国大気研究センター(NCAR)と米国環境予測センター(NCEP)を中心とする共同プロジェクトによって開発されたWRFWeather Research and Forecasting Model)という気象モデルで作成します。手順は図2の通りで、まず、計算期間の気象データをダウンロードします。次に、出力する大気シミュレーションの計算領域・解像度を設定します。Fcastでは福岡県全域が含まれるようにしています。最後に、設定した時間・領域における気温・風・気圧などを計算して気象予測データを作成します。

図2 気象予測データの作成手順

Step 大気シミュレーションによる大気汚染物質濃度の計算

 大気シミュレーションは、米国環境保護庁(EPA)により開発されたCMAQThe Community Multiscale Air Quality Modeling System)という大気質モデルを使用します。計算手順は図3の通りで、Step1で作成した気象予測データと工場や自動車、船舶など人為起源のほか火山等自然起源から放出される大気汚染物質の排出量データを使って、大気中に排出された物質がどのように変化・輸送・拡散・沈着するか、化学反応を加味して計算します。

図3 大気汚染物質濃度の計算手順

Step AI技術の活用による補正

 AI技術は機械学習モデル(ニューラルネットワーク回帰)を使用しました。図4に機械学習モデルによる計算過程を示します。表1に示す予測対象の大気汚染物質に関係する16種類の変数のデータを入力層へ入力します(図4左)。その後、隠れ層で様々な演算(図4中)が実行され、出力層(図4右)から、大気汚染物質の観測値と大気シミュレーションによる計算値との差、誤差が出力されます。この計算過程を過去数年間分のデータで学習させ、テストで精度が確認された演算方法を使用して誤差を出力し、その誤差で予測値を補正します。

図4 機械学習モデル(ニューラルネットワーク回帰)のしくみ

表1 入力層データ

 

AI技術の活用による予測精度向上について
 
大気汚染物質である光化学オキシダントについて、福岡県内を4地域(福岡・北九州・筑豊・筑後)に区分し、時間帯(0〜6時、6〜12時、12〜18時、18〜24時)毎の最大値で予測精度を確認した結果、精度が良い(「実測値」と「予測値」の差が±20ppbの範囲内)と評価された割合は、AI補正前では80%程度でしたが、AI補正後は90%を超え、非常に高い精度を得ることに成功しました。

 

参考文献
 1)山村由貴,廣瀬智陽子,山本重一,菅田誠治:光化学オキシダントを対象とした化学輸送モデルバイアス補正のための機械学習モデルの構築,大気環境学会誌,60,11-19(2025).
光化学オキシダントを対象とした化学輸送モデルバイアス補正のための機械学習モデルの構築


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