福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
092-921-9940
〒818-0135 福岡県太宰府市大字向佐野39
 
トップページ 研究所紹介 研究概要 年 報 啓発資材 リンク集 アクセス
copyright©2013 Fukuoka Institute Health and Environmental Sciences all rights reserved.

全国におけるシカ問題
 近年、全国的に、シカの個体数増加や分布拡大が加速しており、人との軋轢(あつれき)や生態系への被害が深刻化しています。環境省の発表資料によれば、平成26年時点でシカの生息が確認された2.5次メッシュ(約5km四方)は、全国で約1万メッシュとなり、昭和53年からの36年間で生息地が約2.5倍に拡大していることがわかっています[1]。シカと人との軋轢の例としては、スギやヒノキなどの植林木への食害、イネやマメ類などの農作物への食害などが挙げられ、最近20年ほどは農林業の被害額が増加傾向にあります。生態系への被害としては、希少植物を含む林床植生への食害、剥皮(樹皮を剥いで皮を食べたり樹液をなめたりする)による樹木の枯死、過度な被食による裸地化や土壌の乾燥化、それらの被害に伴う森林構造や動物相の変化などが報告されています。このようなシカの増加をもたらしている要因は、捕食者であるオオカミの絶滅、人による狩猟圧の減少、積雪量の減少による死亡率の低下、山間地域における農地・森林の放棄などが考えられています。

福岡県におけるシカの生息状況
 福岡県内でシカの生息が確認されている2.5次メッシュは、平成23年時点で109メッシュを数え(図1)[2]、昭和53年の38メッシュ[3]から約2.9倍に増加しており、全国的な動向とほぼ同様の増加レベルとなっています。県内の生息数は26年度末時点で25,300頭と推定されており、特に英彦山・犬ヶ岳地域と犬鳴山周辺で生息数が多くなっています。これらの地域では、農林業被害のほか、森林の林床植生の劣化が顕在化しています。
 このような背景を受け、県内でのシカの捕獲頭数は年々増加しています(図2)。特に、国の交付金(鳥獣被害防止緊急捕獲等対策事業推進交付金)による管理捕獲への支援が強化された平成25年度以降は、シカの狩猟頭数が著しく増加しており、平成27年度だけでも約9,600頭が捕獲されています。しかしながら、英彦山・犬ヶ岳地域をはじめとする高標高地域では、狩猟に多大なコストがかかることから、なかなか捕獲が進んでいません。






英彦山におけるシカの生息状況と対策

 英彦山は、県内で最大面積をほこるブナ自然林とシオジ自然林を有しており、希少動植物を含む生物の多様性が豊かな場所として、耶馬日田英彦山国定公園に指定されています。しかし、平成3年の台風19号による風害で、山頂や尾根付近に生育していたブナが倒れ、その後も年々ブナの枯死が続き、かつて見られた木深いブナ林の姿が消えつつあります。また、英彦山の周辺ではシカの生息密度が増加しており、ブナや希少種を含む多くの植物が食害を受けたり裸地化が生じるなど、生態系の悪化に拍車がかかっています。シカの適正頭数(生態系や林業に大きな被害が生じない密度レベル)はおよそ5頭/km2とされていますが、現在の英彦山地域では推定で平均約20頭/km2に達し、生息密度が非常に高い状態となっています。
 そこで平成25年度の冬に、福岡県(自然環境課、保健環境研究所)とボランティアが協働し、ブナ自然林内に設置されていた約1haのシカ防護ネットを大規模に補修しました。当研究所では、ネットの補修に協力するとともに、ネット内外でシカの生息状況と動植物相を比較することで、その有効性を検証しました。植生調査の結果からは、将来のブナ自然林を担うブナの実生(芽生え)の生存率が、ネット内の方が外よりも約1.7倍高いことがわかりました。そのほかにも、ネット内ではイヌシデやコハウチワカエデなどの主要樹種が順調に伸長しており、林床植物の被度も経年的に増加していることが確認されています。
 また、本県では、平成25年3月に福岡県生物多様性戦略を策定し、戦略を推進するための事業の一つとして、平成26年度から「英彦山絶滅危惧種保護対策事業」を開始しました。平成28年度からはエリアを犬ヶ岳まで拡大し、「英彦山及び犬ヶ岳生態系回復事業」として事業を実施しています。この事業では、絶滅危惧植物を保護するための小規模な防護ネットを、英彦山で12ヶ所、犬ヶ岳で3ヶ所設置してきました。ネット内では、ヒナノウスツボ、ミヤマナミキ、テバコモミジガサなどの絶滅危惧種が少しずつ回復の兆しを見せています。また、事業の一環として、絶滅危惧植物の分布及び食害状況を調査するとともに、当研究所において、絶滅危惧植物の種子保存と、現地での撒きだしや植え戻しを見据えた発芽実験を行っています。さらに、平成28年度からは「福岡県(耶馬日田英彦山国定公園英彦山・犬ヶ岳地区)指定管理鳥獣捕獲等事業」を開始し、当該地域におけるシカの積極的な捕獲を進めています。
 当研究所では、今後も英彦山・犬ヶ岳地域の生態系のモニタリングを継続し、その結果をこれらの事業の計画にフィードバックすることで、技術支援を行っていきます。




参考資料
[1] 環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの生息分布拡大状況調査」
  (http://www.env.go.jp/press/files/jp/26915.pdf)
[2] 福岡県「福岡県第二種特定鳥獣(シカ)管理計画(第5期)」
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/hogokanrikeikaku.html)
[3] 池田 浩一(2001)福岡県におけるニホンジカの生息状況および被害状況について.福岡県森林林業技術センター研究報告第3号
  (http://mail.farc.pref.fukuoka.jp/ffrec/kenpo/03.pdf)
[4] 福岡県「福岡県内で、狩猟や有害鳥獣捕獲により、捕獲された野生鳥獣の統計です」
  (http://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/247299_52353169_misc.pdf)

トピックス
トピックス一覧へ戻る
英彦山・犬ヶ岳におけるシカ対策
環境科学部 環境生物課 主任技師 石間妙子
総務課