福岡県保健環境研究所
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「福岡県希少野生動植物種の保護に関する条例」の公布
 私たちは、食料、木材、衣料、紙、医薬品など、様々な生物由来の資源を利用して生活しています。また、心安らぐ自然の風景やその中でのレクリエーションなども、その基盤となる生物の存在が不可欠です。このように、私たちの豊かな暮らしは、多種多様な生物や生態系がもたらす恩恵なしには成り立ちません。しかし、私たち人間の活動によって、現在、地球上の多くの生物が絶滅の危機に瀕しています。福岡県という地域レベルにおいても、県内から消滅するおそれのある生物が数多く生息・生育しており、福岡県レッドデータブック2011・2014には約1,600種の希少野生生物が掲載されています[1]
 そこで、希少野生動植物種*の保護により、生物多様性を確保し、人と野生動植物種とが共生する豊かな自然環境を次代に継承することを目的として、「福岡県希少野生動植物種の保護に関する条例」(以下「条例」という。)が2020(令和2)年10月に公布されました[2]

 *「動植物種」の語は、「生物」または「生物種」とほぼ同義。条例においては、対象をより明確に規定する視点を踏まえ、「動植物種」の語が使用されている


「希少野生動植物種保護基本方針」の策定
 条例公布後の2020(令和2)年12月に、希少野生動植物種の保護に関する基本構想、指定希少野生動植物種の選定に関する基本的事項、保護回復事業に関する基本的事項などを定めた「福岡県希少野生動植物種の保護のための基本方針」(条例第8条)(以下「基本方針」という。)が策定されました[3]。この基本方針において、「希少野生動植物種」とは「福岡県の希少野生生物−福岡県レッドデータブック−」に掲載された種であると定義されました。また、指定希少野生動植物種の選定方針や選定に当たっての留意すべき事項、保護回復事業の内容やその進め方などが示されました。


「指定希少野生動植物種」の指定
 条例は2021(令和3)年5月に施行され、希少野生動植物種のうち、特に保護が必要な20種が「指定希少野生動植物」(条例第9条)(以下「指定種」という。)に指定されました。その内訳は、植物10種(ミスミソウ、キビヒトリシズカ、ヤシャビシャク、ミズスギナ、サワトラノオ、サギソウ、トキソウ、オキナグサ、ムラサキ、ウスギワニグチソウ)、鳥類2種(ヨシゴイ、コアジサシ)、魚類2種(セボシタビラ、ハカタスジシマドジョウ)、昆虫類2種(コバンムシ、カワラハンミョウ)、貝類4種(ミヤザキムシオイ、ヤマボタル、オバエボシガイ、カタハガイ)です。これらの指定種については、条例に基づき、捕獲等の禁止、所持・譲渡し等の禁止などの保護のための規制が定められています。


「保護回復事業計画」の策定
 指定種20種のうち、キビヒトリシズカ、ムラサキ、コバンムシの3種については、遷移進行や管理放棄などにより生息・生育地及び個体数が著しく減少し、特に早急な保護対策が必要であることから、2021(令和3)年9月、それぞれの種について「保護回復事業計画」(条例第33条)が策定されました [4] [5] [6]。3つの事業計画ともに、上述の基本方針に基づき、事業内容として、(1)生息状況等の把握、(2)生息地における生息環境の維持及び改善、(3)人工繁殖等/生息域外保全の実施、(4)生息地における採取等の防止、(5)事業を効果的に推進するための方策の5項目が挙げられています。これらのうち、(1)については、生息状況(個体数、繁殖状況、生活史等)及び生息環境(植生、気象、地形等)の定期的なモニタリング、また、(2)については、順応的管理**の考え方に基づき、モニタリングとともに事業効果の評価・検証を行うことになっています。
 保護回復事業は、現在、福岡県重点施策事業として、当所が中心となって取り組んでいます。それぞれの種の保護回復事業として、現在までに行っていることについて以下に述べます。

 **計画における未来予測の不確実性を認め、継続的なモニタリング評価と検証によって、随時計画の見直しと修正を行う管理方法


キビヒトリシズカ保護回復事業
 キビヒトリシズカは、林内に生育するセンリョウ科の多年草で、4月頃に花が咲き、白いブラシ状の花穂を茎の先端につけます(図1)。福岡県内では、2021年現在、1か所のみに生育が確認されており、福岡県レッドデータブック2011で絶滅危惧IA類、環境省レッドリスト2020で絶滅危惧U類に選定されています。さらに、遷移進行や園芸採取などにより生育地及び個体数が著しく減少しているため、条例指定種に指定されるとともに、様々な保護回復事業に取り組んでいます。
 本種の保護回復事業として、福津市の二次林内に生育する個体群において、事業開始前の2020年10月に周辺の常緑広葉樹を伐採するとともに、2021年9月から定期的なモニタリング調査を行っています。その結果、シュート(地上部に出ている茎葉)数は2021年の11本から2022年は14本に増加しました。開花シュートも2021年は1本でしたが、2022年は7本に増加しました。これに加え、2022年には実生(種子からの芽生え)と考えられる3本が伸長しました。常緑広葉樹の伐採は、光環境の改善に効果があったと考えられます。このほか、主にイノシシによる林床攪乱の回避及び盗掘防止のために防護柵を設置するなど、個体群の保護に努めています。


図1 キビヒトリシズカ(センリョウ科)


ムラサキ保護回復事業
 ムラサキは、日当たりの良い二次草原に生育するムラサキ科の多年草で、6月頃に白い小さな花を茎の上部につけます(図2)。根はシコニンという紫色の色素を含み、染料や薬用として用いられます。福岡県内では、2021年現在、2地域のみに生育が確認されており、福岡県レッドデータブック2011、環境省レッドリスト2020ともに絶滅危惧TB類に選定されています。キビヒトリシズカと同様に、本種も遷移進行などにより、生育地及び個体数が著しく減少しているため、条例指定種に指定されるとともに、様々な保護回復事業に取り組んでいます。
 本種については、香春町に生育する個体群において、事業開始前の2021年7月に周辺樹木の伐採及び草本の刈り取り・除去を行うとともに、同年9月から定期的なモニタリング調査を行っています。草本の刈り取り・除去は、生育期終了後の同年12月に再度行い、同時に結実個体に残されていた種子の撒き出しを行いました。その結果、開花個体は2021、2022年ともに1個体のままでしたが、総個体数は、2021年の3個体から2022年は実生を含めて13個体に増加しました。2021年に実施した周辺樹木の伐採や草本の刈り取りにより、生育環境が改善にされたと考えられます。このほか、人による踏み付けや盗掘防止のための柵の設置なども行われました。


図2 ムラサキ(ムラサキ科)


コバンムシ保護回復事業
 コバンムシは、水質が良好でヒシ等の水生植物が豊富なため池などに生息するカメムシ目の水生昆虫です(図3)。生きている時は体が緑色をしています。福岡県内では2021年現在、2か所の農業用ため池でのみ生息が確認されており、福岡県レッドデータブック2014では絶滅危惧IA類、環境省レッドリスト2020では絶滅危惧IB類に選定されています。ため池の改修や、農薬等の流入、管理放棄等による水質悪化により生息地が著しく減少しているため、条例指定種に指定されるとともに、様々な保護回復事業に取り組んでいます。
 本種については、生息地が農業用ため池であることから、その管理方針(これまで通りの水管理を行う、侵略的な外来種を放流しない、改修が必要になった場合は連絡する等)を作成し、農業用ため池を管理する団体と協議・共有するとともに、生息するため池を管轄する県農林水産部局に分布情報を提供し、公共事業による改修が実施される際には事前に協議を行うよう依頼を行いました。また、2022年度から生息地における定期的なモニタリング調査と飼育下での増殖試験を開始し、生息域内・域外保全の手法についての調査研究を進めています。域外保全については県内の水族館施設に協力を依頼し、系統保存をしながら展示を行い普及啓発につなげていくことを目指しています。


図3 コバンムシの成虫


希少野生動植物種の保護回復に関する調査研究の推進
 希少野生動植物種の保護施策を的確かつ効果的に実施するためには、生物学的知見を基盤とした科学的判断が重要です。そのためには、野生動植物種の生息・生育状況、分布、生態、保護回復の手法等に関する調査研究が不可欠です。学術研究者等の協力を得つつ、当所が中心となってこのような調査研究を推進していくことが上述の基本方針に記されています。
 当所では、引き続き、保護回復事業計画対象3種の保護回復に取り組むとともに、県民や保全団体、市町村、事業者等が行う希少野生動植物種の保護活動について、専門的な立場から必要な助言や支援などを行っていきます。


参考資料
[1] 福岡県希少野生動植物種の保護に関する条例について
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/kisyousyu-jyourei.html)
[2] 福岡県の希少野生生物−福岡県レッドデータブック−ホームページ
  (https://biodiversity.pref.fukuoka.lg.jp/rdb/)
[3] 福岡県希少野生動植物種の保護のための基本方針
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/125527.pdf)
[4] キビヒトリシズカ保護回復事業計画
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/145737.pdf)
[5] ムラサキ保護回復事業計画
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/145742.pdf)
[6] コバンムシ保護回復事業計画
  (https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/attachment/148611.pdf)
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