福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
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1.はじめに

 保健環境研究所では、県民の健康の保護や環境の保全のため、食品や環境中の化学物質の検査を行っており、化学物質を分析する機器(ガスクロマトグラフ)にはヘリウムガスが必要です。しかし、2000年代以降供給が不安定となり、入手が困難な事例が多く発生しています。今回は、ヘリウムの供給危機が続く原因や当所の対応についてお話しします。


2.ヘリウムとは?
 

 ヘリウムは、原子番号2,質量4の水素についで軽い元素で、化学的に安定な希ガスです。ヘリウムは、1868年の皆既日食の際に太陽のプロミネンスの観測から発見され[1]、ギリシャ語の太陽「helios(ヘリオス)」にちなんでヘリウムと名付けられました。


3.ヘリウムの用途

 図1に2023年のヘリウムガス及び液体ヘリウムの用途別割合を示します。[2]ヘリウムの用途は、医療や産業において重要であり、我々の生活はヘリウム無しには成り立たないと言っても過言ではありません。

 

 

図1 ヘリウムガス及び液体ヘリウムの用途別割合

(一般社団法人日本産業・医療ガス協会 ヘリウム生産・販売実績データから作図)

 

 

 用途を見てみるとヘリウムは化学的に安定であるため、最大用途先である半導体の製造でシリコン基板上に電子回路を作成する様々な生産工程で使用されています。また、高温状態でも他の元素と反応しないため、光ファイバーの製造(焼成工程)や溶接(シールドガス)にも使用されています。また、ヘリウムの分子が非常に小さく、微少な隙間をすり抜けることができるため、ヘリウムを使用して密閉容器の漏れを確認(リークテスト)するために使用されます。[3]

 一方、液体ヘリウムは、−268.93 °Cというすべての元素の中で最も低い沸点を持つことから、MRINMR)の超伝導磁石の超伝導状態(−263℃以下が必要)を維持するための冷却剤として主に使用されます。[3]

 保健環境研究所に関係する用途としては、分析(ガスクロマトグラフ)があります。ガスクロマトグラフは、混合物から化学物質を分離して測定する機器です。ガスクロマトグラフではキャリアーガスという分析したいものを運ぶガスが必要です。ヘリウムは、化学的に安定で測定したい化学物質を変化させず、混合物から化学物質を分離する性能が高いためキャリアーガスとして主に使用されてきました。


4.ヘリウムの生産地と生産量 

 地球上のヘリウムは、ウランやトリウムなど重元素が放射性崩壊する際に放出するアルファ粒子(ヘリウムの原子核)に由来し、その多くが地殻中に存在すると考えられています。このヘリウムは、岩盤中にガスが溜まる天然ガス田のような場所では大気中に逃げることができず、比較的高い濃度(〜1%)で存在しています。このため、ヘリウムの生産地は天然ガスの生産地と同一で、天然ガス生産の副産物として生産されています。[1]

 ヘリウムの生産地は、図2に示すようにアメリカ、カタール、アルジェリア、ロシア、オーストラリア、ポーランドです。生産量はアメリカが最大で2023年には7,900m3を、2位はカタールが6,600m3を生産し、この2カ国で世界の生産量の85%を占めています。[4]このようにヘリウムの産地や生産量は、一部の地域に限られており、これらの地域の様々な影響を受けやすい物質です。



図2 2023年のヘリウム生産量

(米国地質調査所 MINERAL COMMODITY SUMMARIES 2024データから作図)



5.ヘリウムのアメリカ国家備蓄と市場の安定化

 最大の生産国アメリカでは、市場で余ったヘリウムをアメリカ鉱山局が買い取り、国家備蓄していました。この備蓄は1990年ごろまで増加し、その後横ばいとなりました。この備蓄からの供給により、ヘリウムの市場は安定していました。[3]

 1996年、この備蓄を全て民間に売却することを米議会が決定し、民間への売却は2003年から始まり、ヘリウムの備蓄在庫量は低下していきました。また、2013年には2021年までに備蓄在庫の全てを売却することが米国法で制定され、供給量の低下懸念からヘリウム価格が高騰し始めました。さらに2019年にアメリカ民間企業が2021年までの備蓄在庫量の全てを買い取り、アメリカ向けに販売することとなり、市場の安定化を担ってきた国家備蓄分ヘリウムの市場供給が無くなりました。[3]


6.日本のヘリウム輸入量と供給危機

 図3に日本のヘリウム輸入量を棒グラフで、日本の供給危機が起きた時期を赤いマークで示します。[3]、[5]

 日本ではヘリウムを全量輸入に頼っており、2000年代には2,400 t前後のほぼ全量をアメリカから輸入していました。2010年代以降は、ヘリウム危機の懸念から節約や代替ガスの使用が普及により輸入量は減少し、2023年度では約1,000tとなっています。2005年及び2013年にカタールでのヘリウム生産が本格化したことから、2023年度では40%をアメリカ、60%をカタールから輸入しています。また近年、中国でもヘリウム生産が開始され1%程度輸入されています。

 先にも述べたとおりヘリウムの全量を輸入に頼っている日本では、供給危機が度々起こっています。2002年、2006-2007年及び2012-2013年には、アメリカの港湾ストライキや生産設備の故障、定期修理等によりヘリウムの供給が不安定化し、供給危機が発生しました。2017年にはカタールが周辺アラブ国から断交され、経済封鎖を受けたことにより輸出が滞り、供給危機が発生しました。2019年には、先に述べたアメリカの備蓄在庫からの供給がなくなったため、供給危機が発生しました。[3]

 このように日本では、様々な世界の動向に左右され、ヘリウム不足が多発するようになっています。

図3 日本のヘリウム輸入量と供給危機(財務省 普通貿易統計より作図)

7.ヘリウム供給危機への対応

 前述のとおりヘリウムガスはとても性能が良く、分析に最適なガスですが、入手できなければ環境汚染等の原因となる化学物質の分析に支障が生じてしまいます。そこで、国や機器メーカ−ではいろいろな対応を行っています。

 国(環境省)では、水質環境基準を測定する分析方法[6]や有害大気汚染物質の測定マニュアル[7]に水素を使う方法を追加するなどの対応を行っています。また、分析機器メーカーでは、ヘリウムの使用量を削減したり、水素等の別のガスを使用するものなどヘリウムを使用しないでもこれまでと同等の分析ができる技術を開発し、危機へ対応しています。[8]

 保健環境研究所でも使用していない機器のヘリウムの使用量を削減したり、ヘリウムを使わない新しい分析方法を検討するなど対応を行い、必要なときにいつでも分析ができる体制を整えています。




参考資料

[1] 福田理、永田松三、ヘリウム資源問題(その1)、地質ニュース、No.348、pp.6-15(1983) 
[2] 一般社団法人日本産業・医療ガス協会ホームページ
         (https://www.jimga.or.jp/statistics/r_he/)(2024年4月24日時点)

[3] 
勝本信吾:2019年日本における「ヘリウム危機」問題           
        (https://www.jps.or.jp/information/docs/seimeishiryo20191220.pdf)(2024年4月24日時点)

[4] United States Geological Survey、MINERAL COMMODITY SUMMARIES 2024(2024)
[5] 財務省貿易統計ホームページ
   (https://www.customs.go.jp/toukei/search/futsu1.htm)(2024年4月24日時点)
[6] 水質汚濁に係る環境基準について付表6のシマジン及びチオベンカルブの測定方法を改正する告示、
        令和5年3月13日、環境省告示第6号
[7] 「有害大気汚染物質測定方法マニュアル」の改訂について(通知)、
        令和6年3月28日、環水大管発第2403282号
[8] 一般社団法人日本環境測定分析協ホームページ
   (https://www.jemca.or.jp/member_info/patronage-portal/patronage-portal_he/)(2024年4月24日時点) 







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分析に必要なヘリウムの不足とその対応について
管理部 計測技術課 課長 志水信弘