トピックス
トピックス一覧へ戻る

●小児の原因不明急性肝炎とは
 2022年4月以降、欧米を中心に16歳以下の小児の間で原因不明急性肝炎が報告されています1)。世界保健機関(WHO)によると2022年7月8日時点において35か国で22例の死亡例を含む1,010症例が報告されました2)。日本国内では、2023年6月15日までに暫定症例定義(表1)を満たす186例が報告され、肝移植を要した症例が3例、死亡例が2例報告されています1)。この原因不明の急性肝炎はアデノ随伴ウイルス2型(AAV2)とアデノウイルスやヘルペスウイルス等のヘルパーウイルスとの共感染が関連している可能性等が示唆されていますが、原因については未だ不明な点も多いため引き続き各国で調査が行われています4-7)

●当所の検査状況
 当所では、厚生労働省事務連絡に基づき、表1の暫定症例定義を満たす3症例の小児の原因不明急性肝炎について検査を実施しました。今回は、そのうち1症例について検査結果を紹介します。

1. 症例および検査検体
【症例の概要】
 2022年X月X日より咳嗽、38-39℃台の発熱がありました。第8病日より黄疸および軽度の倦怠感があり、血清トランスアミナーゼ値AST/ALT : 2,731/1,845(U/L)と高値、ビリルビンの上昇を認め入院しました。第14病日より回復傾向。
【検査検体】
 第14病日に採取した全血、血清、便、呼吸器由来検体および尿。

2. PCR検査結果・考察
 厚生労働省事務連絡で示されたウイルス3)を含む、合計20種類のウイルスに対するPCR検査を行った結果、該当のウイルス遺伝子は全て陰性でした(表2)。
 明確な症状があるにも関わらずPCR検査が陰性になったことから、今回のPCR検査では検出されない病原体やウイルスの変異によるPCR検査の検出感度の低下、あるいは未知のウイルス出現の可能性が考えられました。そのため、次世代シークエンサー(NGS)を用いたウイルスの網羅的探索を実施しました。

3. NGSを用いた網羅的探索法(ターゲットキャプチャー法)及び結果

3-1. ターゲットキャプチャー法の詳細
 当所では、ウイルスの網羅的探索のため、約3,000種類のウイルスを対象としたプローブを用いたターゲットキャプチャー法という方法で検査を行っています(図1)。ウイルス遺伝子は、臨床検体中に含まれるヒトや細菌等の遺伝子に比べ非常に少ないため、通常のNGSの網羅的検査では検出が困難です。ターゲットキャプチャー法は、ターゲットキャプチャープローブで対象となるウイルス遺伝子を濃縮することにより検出感度を上げ、検体中の微量のウイルス遺伝子を検出することが可能となります。 また、ターゲットキャプチャープローブは、10%程度の遺伝子の配列許容性があるため、変異したウイルスや未知のウイルスを検出できる可能性が高くなります。
 NGSでは臨床検体中に含まれる大量の遺伝子配列データが得られるため、原因疾患に関連するウイルス遺伝子配列を特定し結果を報告するために、バイオインフォマティクス技術が必要となります8-9)
 当所では、国立感染症研究所が開発したViral Genome-Targeted Assembly Pipeline(VirusTAP)、クラウド上のメタゲノム解析ツールであるOne CodexやBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)等を駆使し解析や判定を行っており、検出されたウイルス遺伝子のリード数やウイルスゲノムのリファレンス配列にアライメントした時のカバー率等を確認し検査結果を報告しています。このように、ターゲットキャプチャー法は、検査から報告までの工程が多いため時間を要します。

3-2. 検査結果・考察
 今回の症例では、表3に示すように7種類のウイルスが検出されました。AAV2は尿以外の全ての検体から検出されており、ヘルパーウイルスであるヒトヘルペスウイルス6型およびサイトメガロウイルスが呼吸器由来検体と尿から検出されました。この結果は、2023年3月30日に米英の3つの研究チームが同時に報告した結果5-7)と同様であり、本症例の原因は、AAV2とヒトヘルペスウイルス6型およびサイトメガロウイルスの共感染であるである可能性が考えられました。
 また、PCR検査では検出できなかった原因不明症例において、NGSを用いたターゲットキャプチャー法が有用であることが確認できました。


●今後について
 今後は、ターゲットキャプチャー法におけるコストの削減や作業時間を短縮するための検討を行う予定です。また、疑似症例や原因不明の感染症の検査へ活用していきたいと思います。

●謝辞
 メタゲノム解析を実施するにあたりVirusTAPをご提供いただきました国立感染症研究所の黒田誠先生へ深謝いたします。

●参考文献等
1) 複数国で報告されている小児の急性肝炎について(第6報)2023年8月21日
2) Severe acute hepatitis of unknown aetiology in children-Multi-country
3) 欧州及び米国における小児の原因不明の急性肝炎の発生について(協力依頼)令和4年4月27日 令和4年5月13日一部改正
4) 欧州及び米国における小児の原因不明の急性肝炎の発生について(保健所における調査の終了、研究班への協力依頼)令和5年8月21日
5) Adeno-associated virus type 2 in US children with acute severe hepatitis. Nature 617, 574-580 (2023)
6) Adeno-associated virus 2 infection in children with non-A-E hepatitis. Nature 617. 555-563 (2023)
7) Genomic investigations of unexplained acute hepatitis in children. Nature 617, 564-573 (2023)
8) Recommendations for the introduction of metagenomic high-throughput sequencing in clinical virology, part I: Wet lab procedure. J Clin Virol. 2021 Jan;134
9) Recommendations for the introduction of metagenomic next-generation sequencing in clinical virology, part II: bioinformatic analysis and reporting. J Clin Virol. 2021 Jan;138









小児の原因不明急性肝炎検体における次世代シークエンサーを用いた起因ウイルスの網羅的探索    ウイルス課

  ©2024 Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences.
 
福岡県保健環境研究所
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
 
092-921-9940
〒818-0135 福岡県太宰府市大字向佐野39
トップページ
研究所紹介
研究概要
年 報
啓発資材
リンク集
アクセス